(二)

 商店街の歴史は京都の中でもかなり古く、京極という名前がついたのはここが最初だそうだ。昭和20年代の戦後復興時には狭い道の両側に闇屋の露店が隙間がないほど並び、食料品や生活必需品を求める人々で埋め尽くされていたそうだ。また昭和30年代にはいると高度経済成長の波に乗り、新町から西洞院は室町の呉服関係に勤める人々が利用する商店街として賑わい、堀川通 より西は、中央卸売市場から生鮮食料品が直送され京の台所として活況を呈していた。また現在四条河原町にある百貨店の高島屋も、かつては烏丸通 に面し高辻通と松原通の間に建つ京都銀行本店の場所で営業をしており、まさに松原京極商店街は、京の中心的繁華街としての役割を担っていた。古くからこの地で商店を営む人々が、皆懐かしそうに当時の話を聞かせてくれる。
 その後、南に幹線道路として五条通が新しく整備され、高島屋が移転し、呉服業界の低迷と大型スーパーの近隣への出店など様々な環境の変化によって、次第に商店街は昔の勢いを失っていく。「四畳半通 りだからね」四条通と五条通の中間にある松原通りのもう一つの呼び名だそうだ。かすれて読めなくなった看板が、かつてそこが商店だったことをかすかに教えてくれる。軒先の鉢に植えられた草花が寒風に吹かれて静かに揺れる。
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